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at backyard

Color my life with the chaos of trouble.

週末のバーで虐殺器官

その日は爽やかな初夏の夜といった趣で、僕と友人は気分よく酒を飲み、二軒目のバーでラムを飲んでいた。
開け放たれたバーの外では沢山の虫の音が月夜の晩を彩っていた。
「なんで、一晩中鳴いていて疲れないのかしら?」
僕のすぐ隣で飲んでいた女の子が、誰に向かって呟くでもなくそう言った。
僕の友人はマスターとレアグルーヴの話で盛り上がっていたし、彼女の連れの男性は別の客と話をしているようだったので、結果的に僕が彼女の言葉に返事をすることになった。
「泣いている?」
「虫のことよ」
そう言って彼女はバーの外に顔を向けた。彼女は見たことのないリキュールを飲んでいた。
「何を飲んでいる?」
アプリコットのリキュールよ。まるで小児科で出される薬みたいな味がするの」
僕はマスターに彼女と同じもの注文してみた。確かにそれは昔、風邪をひいた時に飲んだ薬の味がした。
「一晩中は鳴いていないんじゃないかな。きっと1時間ばかり鳴いたら、別の虫が交代して鳴き出すんだ」
「そうかしら?」
「シフト制なんだよ。一晩中鳴き続けるなんて、日本のサラリーマンぐらいしか出来ないよ」
「あなたは社畜なの?」
僕は首をすくめて、それには答えなかった。

「本は読む?」
「勿論。あなたは?」
「読むよ。最近は技術書ばかりだけど」
「技術者なの?」
「一応ね。駆け出しのプログラマー。君は?」
「研究者」
彼女は少しだけ自嘲的な口調でそう言った。
「何を研究している?」
「遺伝子」
「クールだね」
「そうかしら?」
彼女は両手をテーブルの上に並べて、自分の指を入念に見つめた。まるでピアノを弾き始める前に意識を集中させているピアニストのように見えた。

「サイエンスの分野でもプログラミングってするよね?Pythonって知っている?」
Python?どこかで聞いたことあるような気がするけど、私は専用の計算ソフトみたいなの使っている。勿論プログラミングする人もいるんだけどね、私はあまりわからない」
そう言って彼女は使っている計算ソフトを教えてくれた。
研究用途ではよく使われているソフトらしいが、僕はそのソフトウェアを知らなかった。
虐殺器官
彼女はテーブルの上に並べた指を動かしてそう言った。
「ん?」
彼女は僕の返答に首を傾げるだけで、無言だった。
店内のBGMが古いソウルに変わった。友人が店内のBGMをiPhoneから操作している。
「ねえ、今、なんて?」
虐殺器官
「ぎゃくさつきかん?」
「本の名前。読んだことある?」
まさか。僕は首を横に振った。
「どんな話かも想像つかないんだけど」
僕にはそれがなんだかひどく残酷な名前であるように感じられた。
「私が一番好きな小説よ」
どんな話なのか聞いてみたいとも思ったが、なんとなく言い出しそびれてしまった。
店内に流れる古いソウル・ミュージックの中で奏でられるピアノに合わせ、彼女の指がテーブルの上で踊るさまを僕はぼんやりと眺めていた。
「読んでみるといいんじゃない?技術書ばかり読んでいないでね」
小児科で出される薬のような味のリキュールを飲み干して、僕はマスターを呼んだ。


rebuild.fmの最新エピソードを聞いていたら、虐殺器官が出てきたので、
ある夜のバーの出来事を思い出した。
勿論、かなりデフォルメしてあるが、話の大筋は変わらない。
実際、私は研究職の女の子から虐殺器官を教えてもらったのだ。

rebuild.fm

読んでみるかね。